成人の日

幸福度

成人してからあっという間に時間が経っています。
ちなみに私たち92年生まれは運が無いとかよく言われますが、
1992年バブル崩壊
1998年小学校入学同時にゆとり教育開始
2008年高校入学に台風直撃
2009年修学旅行の行き先が国内に変更
2011年卒業式の日に東日本大震災
2013年成人式が大雪
2015年留年して卒業出来ず
と、色々困難に見舞われている感があります。

さいたま市民は成人式を全員さいたまスーパーアリーナで行うため、さいたま新都心に向かいました。
式が終わって外に出たところ、外は銀世界になっていました。
そしてJRは不通。
凍える寒さの中、電車が動き出すのを待っていました。
式の後には幼稚園や中学校の集まりもあったため、中にはさいたま新都心から南浦和までの8kmくらいを慣れない服装で雪が積もっている状況で歩いた猛者もいました。
ある意味思い出深い成人の日でした。

27歳になるとあまり未成年や成人というものを意識する機会が減って来ましたが、改めて考えてみたいと思います。
そもそも動物の中には、生まれた瞬間に立てないと親に見捨てられるウマみたいな生き物もいます。
一方でヒトは直立二足歩行を手に入れる過程で骨盤が小さくなり、その細い産道を通り抜ける為に未熟な姿で産まれることになりました。
そのため生まれたての赤ん坊は一人では何も出来ず、泣いたり笑ったりして親や周りの大人の興味を惹いて生き残るようになりました。
ヒトは親が子供の面倒を見るように変化してきたのです。

そう言えば大人になるって何なんでしょうか。
現代の日本人は大多数が大学に行きます。
そのため20歳前後まで実家に暮らしている人が多いです。
大学生の時期をモラトリアムと言いますが、徐々に大人になる年齢が遅くなっているようです。
経済的に豊になって子供が働く必要が無くなったり、医療の進歩で寿命が伸びたりと理由は色々あるかもしれません。
日本では奈良時代頃から15歳にときに元服と言って通過儀礼を行うようになりました。
現代の日本では20歳で成人ですが、投票権は18歳になったら得られます。
18歳になるまでは思慮分別が付かないことがあると考えられているということでしょうか。

また成人していても自立していない様な人も多くいると思います。
色々な価値観があって然るべきだと思うので私がとやかく言うことではないと思いますが、ニートを拗らせて実家に籠もっていたら元官僚の父親に息子が殺されるなんて事件もありました。
歳だけとっても精神的、経済的に自立出来ないと、本人も周りも不幸になることが往々にしてあるようです。
若い世代はいつの時代もお金が無いわけで、噛じる脛が無くなるまでゴリゴリすねかじりするのは世の常だと思っています。
しかしある程度の年齢になったら一人で生きていけるように自立することが、幸福度向上のためには良いんじゃないでしょうか。

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